■ 開眼の母カレー

 食の世界がめまぐるしく変化し、成熟するにつれ、最近では食品広告も気の利いたキャッチコピーが目立つ。中でも秀逸なのが「世界最高のシェフはお母さん」というコピー。これに関しては私も常々そう思っていて異論はない。しかも、それに付け加えれば、世界最高峰のカレーは「母カレー」であるということ。「お袋の味」にも色々あるが、世界のどんな名シェフがどれほどのテクニックを持ってしても、その聖域を超えることなど不可能である。また、聖域を超えようと力めば力むほど、虚しく無意味なものになってしまうに違いない。「お袋の味」はそれほどに永遠なのだ。
 お母さんの作る毎日のお味噌汁やご飯。クレームを付けにくいという絶対的な環境条件があるにしても、またそのことを割り引いても、文句なしにお母さんの愛情料理は美味しいに決まっている。それは、お母さんの喜びや悲しみの思い出や物語が、作った料理の中に浮き沈みして、それが極上の美味しさを醸し出すからなのである。母から子どもたちへ。この「思い」や愛情関係が創り出す美味しさ、旨み。これだけはどんな達人シェフ、料理の鉄人ですら真似のできない神秘な超能力なのだ。だからこそ我々料理人、プロの調理師は「母の真心料理の味を目指しながら精進している」と言えるのかもしれない。
 感動料理の基本はLOVE(料理や素材に対する愛情)、STORY(人生の物語性、アイデンティティ)、POWER(一鍋入魂)、IMAGE(創造力、センス)、TECHNIQUE(経験、技術)というのが私の持論でもある。特に「ラブ、パワー、ストーリー」 の三要素は料理を作るに当っての必須条件だ。それらの要素が縦糸、横糸となって織り成す個性が 「美味しさ、旨み」を感じさせ、感動を与え、幸福感をもたらす料理を完成させるのだと思っている。また、そのトータルしたパワーで作った料理こそ「アートな料理」であり「料理宇宙」と呼べるものなのだ。つまり「調理の経験だけでなく、愛情深く、それまで生きてきた人生そのものの体験、思いや夢″のスパイスを素材や鍋に入り込めながら、目いっぱいの心のパワーと磨き上げた技で創り上げる」料理こそが感動料理″と呼ぶことができるのである。
 お母さんの作る料理は見事にどの条件も満たしている。料理人として「母の足もと」 に到達するために、LOVEは無条件に必須だからその他の部分で磨き上げ、積み重ねなくてはならない。その他の要素なら一人ひとりの努力なり工夫によって何とかお母さん料理の足元に届くかもしれない。
「料理は人なり」
 それは、料理人としてというより、むしろ人間としての主体性や個性を光らせるために、人間力、人間性を磨く頑張りを続けることでもある。人生そのものを集約、凝縮させたエネルギー、そのイメージを食器空間の上に表現することで、世界でただひとつの料理、オリジナリティ盗れる感動的な料理を作ることができるのだ。カレーは特にそうした要素が、あからさまに反映される料理のキャンバスだと思っている。ゴマカシが効きそうで効かない。それほど極端な失敗も少ないけれど、料理人のいい加減なマインドによっては思いっきり落胆させることもできる。カレーはそんな料理である。
 反対にナチュラルにハイ″にさせたり、感動させることだってできる。カレーは作り手の人生そのもので、ありのままの人間の思惑とエネルギーが表現されている料理なのである。しかも、もっと言わせてもらえば、プロのカレーこそ「男の料理」なのだ。
( MAGICSPICE <魂の旅、アジア、医食同源そしてNYへ> より)



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